2012年11月酪農大学ワンダーフォーゲル部のOB会で池亀先輩に
初めてお会いしました。ワンゲルOBに対して、宮崎の口蹄疫に実際携わった一開業獣医師としての意見を述べられました。
いろいろと初発の牧場がねつ造されていたりして、義憤をもっておられました。
先輩の訴えておられたことをここに掲載させていただき、皆さんに少し考えていただきたいと思いました。
2010宮崎口蹄疫~伝わらない真実~
池亀獣医科病院(宮崎県高鍋町大字持田5648-10)
池亀康雄
(時間の都合上*印のみパワーポイントでご説明いたします。)
【はじめに】
一昨年の宮崎口蹄疫災害では、皆様より多大なご支援を頂きまして、深く感謝申し上げます。
皆さまに、今日は是非とも、お伝えしておきたいことがあります。それは今回の口蹄疫の真実が体制の都合のいいように、ゆがめられ伝えられていることです。
私は、国の疫学調査により今回の口蹄疫災害の初発農場とされている第6例目(水牛農場)を診療していました。今回の経験から自戒の思いも込めて、現場の獣医師の思いを皆様にお伝えします。
さて昨年、宮崎県では家畜防疫対策室を設置し、新たな「口蹄疫防疫マニュアル」を策定しました。とりわけ畜産農家は防疫徹底を求められ、実際に各農場は消毒の徹底に心を砕いています。
しかし、今回の口蹄疫侵入経路の徹底究明をなくしての再発防止策は片手落ちではありませんか。
今でも水牛が日本に口蹄疫を持ち込んだと思っている人が大勢いることに義憤を覚えるのです。それは初期の報道の在り方、情報の発信元に問題があります。
水牛農場は家畜保健衛生所(家保)に牛群の発熱、食欲不振、乳量低下で、感染症及び中毒の病性鑑定を依頼したのが一昨年3月31日です。その時に採取し、保存されていた検体の一部から口蹄疫ウイルス遺伝子陽性反応(PCR+)が出て、それが動かぬ証拠とばかりに、まるで口蹄疫を日本に持ち込んだ犯人扱いにされ、バッシングの嵐に遭いました。
振り返ってみますと、水牛に関しての無知が“初発水牛ありき”のシナリオに繫がったのです。日本人は総じて水牛に関して知識が無かったのです。
元の水牛は、口蹄疫の発生していないオーストラリア生まれのオーストラリア育ちでした。その水牛達はオーストラリアから直行便で成田に空輸されています。そして動物検疫の際、採血し保存されていた血清についても、口蹄疫ウイルス抗体反応が陰性であったことが分かっています。その時点で、国が水牛の無実を発表してくれていたならば、あれほどまでにバッシングを受けなかったろうと残念です。ちなみに輸入家畜の血清は10年間保存しておくそうです。
【水牛に対する日本の常識は世界の非常識】
家畜水牛に詳しい筑波大学 金井幸雄 名誉教授のコメント(FAOの出版物等を根拠に)「水牛と牛の類縁関係について」を以下にご紹介します。
(1) 日本では「水牛は口蹄疫ウイルスの潜在的なキャリアとなる危険な動物」という説が一部の専門家の間でまことしやかに流布されていますが、これは野生動物の“アフリカ水牛(Syncerus caffer)”での知見を別属・別種の“アジア水牛(家畜水牛:Bubalus bubalis)”に無理矢理当てはめようとするもので、科学的には全く根拠のない話です。
(2) アフリカ水牛とアジア水牛はどちらも牛、ヤギ、ヒツジと同じ仲間の偶蹄目・反芻亜目・牛科の動物ですが、それぞれ別の属(Genus)に分類されています。属は種(Species)の上位の分類項目です。
(3) 現存するすべての牛科の動物は中新世(2,600万年~1,000万年前)にユーラシア大陸で誕生した共通祖先種のエオトラグス(Eotragus)に由来し、中新世の後期に牛、ヤク、バイソン、アジア水牛、アフリカ水牛の祖先が枝分かれしたとされています。
(4) 現在の家畜水牛は今から5,000年以上前にインドでアジア水牛から家畜化され、その後、世界各地に広まりました。ヨーロッパに家畜水牛が持ち込まれたのは紀元後のことですが、いずれにしても家畜水牛の成立にアフリカ水牛は全く関係していません。
(5) 家畜水牛は、東南アジア・中国で役用に使われているスワンプ(沼沢)・タイプとインド以西で乳用に使われるリバー(河川)・タイプの2種類に大別され、このうちイタリア系の乳用水牛を地中海種と呼ぶことがあります。宮崎に導入された水牛はこの地中海種です。
(6) 日本では水牛に対する誤解と偏見があり“水牛”というとアジア/アフリカの発展途上国のイメージが優先しているが、食の先進国イタリアでは水牛酪農は確たる地位を確立している。
(7) 20世紀後半にはアメリカ合衆国、ブラジル、オーストラリアでも水牛による乳肉生産が行われているが、これらの畜産先進国では家畜水牛と野生動物のアフリカ水牛が混同されることはなく、家畜防疫上、水牛は牛と同等の扱いを受けている。
以上
【2010宮崎口蹄疫災害報告概要】
一昨年の宮崎口蹄疫災害を振り返ってみますと「宮崎県から他県には絶対、まん延させない」との強い思いで、関係者・県民一丸となって取り組みました。
5市6町1,304農場297,808頭もの家畜の儀牲があり、総額で約2,350億円の損出と計算されています。
延べ15万人を超える動員数また100人を超える負傷者がありました。
そして、全国より温かい励ましと多くの義援金も寄せられました。
早期の畜産および地域の復興が、全国の皆さまへの恩返しです。
【畜産の町、開拓の町川南】
一番被害が大きかった川南町を見ますと牛豚の頭数は約17万頭です。人口1万6千人の川南町で、人口の10倍以上の牛豚が飼われていました。
国も自治体も家畜の増頭を促し、環境問題にも配慮し、そして効率を重視し、農場の集中化と家畜の密集化が、進みました。そんな日本型畜産構造が感染爆発の下地となったのです。恐らく川南町は日本一の家畜密集地帯だったと思います。地元の人たちでさえ、川南にこんなにも家畜がいたとは知らなかったと言っておりました。
戦後の日本三大開拓地の一地区(宮崎県川南町を中心とする川南原開拓地/青森県十和田市の三本木原開拓地/福島県矢吹町の矢吹ヶ原開拓地)
*【水牛牧場案内及び防疫措置一連作業】
*【発生報告:第1例目~第12例目(家保の立ち入り検査時の写真より検証)】
*【2010宮崎口蹄疫の主な症状】
口蹄疫の症状は発熱後5日~10日で発現すると言われています。ウイルスの被ばく量や、またウイルスが多様に変化するため、その時のウイルスの病毒性の強さでも、症状の現れ方が違うと言われています。
今回、最初に現れた症状は発熱です。「ボーっとしている」という症状ですが、見落としてしまうこともあります。このとき食欲不振、乳牛なら急激な乳量低下がみられました。発熱に続き牛ですと流涎です。ここで注目しておきたいのは、牛で蹄に症状が出た例は極僅かで、2例のみでした。
豚の場合は、特に蹄に症状が現れ、異常歩行が多く見られました。また鼻にも乳房にも水疱が見られました。子豚の場合、心筋炎でポックリ死ぬことがありました。
【殺処分に参加して】
私は5月20日から、牛の殺処分に参加しました。現場で熟練の獣医師が足りないことを知り、早くから参加の意思表示をしていましたが、県獣医師会や獣医師会児湯支部に掛け合っても、埒があきませんでした。手当や怪我等補償の問題もあり、団体職員等は仕事の延長として対処できるが、個人の場合はそれが出来ないので検討中とのことでした。
地元の獣医師として、ここで現場に行かなければ一生後悔するという思いで、大学の後輩の開業獣医師を誘い、当初、ボランティアとしての参加でした。
現場は想像していた以上の戦場でした。惜しみなく使われる大量の消毒薬の臭いと刺激、重機やタイヤ・ショベルのけたたましい騒音、牛舎の中はもうもうと立ち込める石灰のほこりで、視界も利かず、呼吸も苦しく、無我夢中でした。ただ牛の命を絶つ仕事に専念しました。
すでに絶命しているはずの親牛のお腹がまだ動いていると、呼び戻されたことがありました。引き返してみると胎子がお腹の中で、もがいていたのです。
参加当初、指揮命令系統の不徹底で怪我人も続出し、作業に達成感は無く、徒労感だけが募る毎日でした。しかし、このような状況下で、我々は現場の状況をいち早く的確に判断し、逃げることなく任務に立ち向かう心構えが出来ていたように思います。常日頃の仕事の中で、知らず知らずに培われた臨床家としての能力でしょう。現場を熟知している現地の臨床獣医師を、早くから投入すべきだと思いました。
殺処分現場で気づいたことは、肥育牛では出荷前に霜降り肉を作るために、ビタミンA欠乏状態にします。そのような牛は抵抗力も落ちますので、早く感染した傾向がありました。青草やサイレージ給与などの飼養形態や飼育密度などの環境でも、発症傾向に差があったように思われます。適正な環境や普段からの免疫力の強化など、消毒以外にも予防法はいろいろあると思います。
口蹄疫に抵抗力のある遺伝子を持つ牛もいたはずです。殺処分現場では、はじめは流涎の激しい牛が多く見受けられました。しかし、殺処分や埋却地確保等に手間取っているあいだに、症状の回復しているものがほとんどでした。
すっかり回復している牛と対峙した時に、家畜法定伝染病であるが故に、元気になった家畜でも、すべて殺処分しなければならないという不条理、人間のエゴを痛感しました。
私のこの思いを養豚専門開業獣医師に話したところ、豚は疫学的にみても、やはり全頭殺処分以外考えられないとし、豚と比較して牛の衛生管理の意識レベルの違いを指摘されました。同じ地域に牛、豚、鶏のさまざまな畜産形態がモザイク状に散在する畜産地帯での、防疫上の問題点が浮き彫りになり、今後、継続的な相互の意見交換と連携が必要と思われました
白い防護服ですが、大変でした。蒸し暑い日はサウナの様でした。汗が長靴の中にたまり、歩くとチャプチャプと音が立ちました。初めのうちは、緊張していたせいか、長時間尿意もありませんでしたが、トイレの時、つなぎは不便です。2枚重ねのつなぎと手袋、おまけに袖口はガムテープで一枚ずつ二重にしっかりと止めております。女性は我慢して膀胱炎になってしまった人もおりました。以後、使い捨ての紙おむつが用意され、利用していた人もおられたようです。
また、自衛隊の災害派遣により、作業が格段にはかどりました。
*【埋却地の問題】
埋却地についてですが、実際に4メートルの深さを掘ってみないと分かりません。水が出てきて、使えなかった場所も多くありました。
近隣の住民や、隣接地主の同意を貰うのは、た易いことではありません。日頃からの、近所付き合いが、大切と知らされました。
埋却地の確保も大変ですが、環境汚染も深刻な問題です。数日前、牛を埋却した脇に、新たに埋却する目的で試掘したところ、石灰と混じってピンク色になった家畜の体液が土中から染み出てきた例もありました。豚を埋却して2~3日後、突然破裂音と共に地面から滲出液が2日間噴き出してきた場所もありました。その時の臭いは凄かったそうです。それからハエが異常発生しました。
尚、今回の口蹄疫での埋却地の合計は97.5ヘクタールにも及びます。発掘禁止期間が終わる来春以降、所有者の9割以上は農地としての再利用を希望しています。しかし、大規模な土の入れ替えには、10アール当たり100万円ほど経費がかかり、農水省は来年度予算に最大で10億円を概算要求しています。
*【疫学検証】
【口蹄疫清浄国のウイルス持ち込み原因割合】
口蹄疫ウイルスの国際伝播では、感染家畜、汚染農・畜産物の流通、船舶や航空機の汚染厨芥、風や人、鳥によって物理的に運ばれるものなど原因は様々です。過去627例の世界の口蹄疫発生原因を解析した米国農務省の報告によると、口蹄疫の初発原因は、汚染畜産物と厨芥が最も多く(65%)、次いで風や野鳥(22%)、感染家畜の輸入(6%)、汚染資材と人(4%)、不活化不充分なワクチン(3%)及び野生動物(<1%)となっています。このことは、人が、持ち込んだ、加熱されていない肉製品から感染する割合が多いということです。言い換えれば、島国である日本では入国の際の防疫が徹底していれば、未然に、発生を押さえられるということです。
検疫探知犬の活躍で、2010年12月から、12年の、3月までの、成田,関西の2空港だけで、中国から7,828㎏、台湾から1,650㎏、韓国から688㎏の違法肉類の持ち込みが、検出されています。口蹄疫発生国からの持ち込みは、違反とは知らず、持ち込んだ例がほとんどです。
東アジアで継続的に発生が続いている中、水際で如何に防ぐかが、最も重要なポイントです。見えないウイルスの侵入を完全に防ぐことは、確かに難しいことです。しかし、口蹄疫に対し、世界で最も厳しい入国チェックを実施していて、口蹄疫の発生を防いでいるオーストラリアやニュージ-ランドから、我が国も、学ぶべきことは多いはずです。
イギリスでは、口蹄疫は国家存亡に関わる最重要課題の一つです。2001年の口蹄疫では、600万頭の家畜を犠牲にし、1兆4千億円の経済的損出と大きな社会的ダメージが残されました。その教訓から、国の責任で水際防疫を徹底しています。農家の自主性を重んじ、口蹄疫を疑う症例が出た時は、直接国へ届け出るシステムに成っているとのこと。躊躇なく迅速に、初動対応できるからです。日本では、国が農家に家畜の全額補償を約束する代わりに、個々の農家に厳しく,消毒を義務付けています。翻すと、行政側の責任回避のため農家に責任を厳しく押し付けている、ということです。
【バイオテロの可能性(平和ボケ日本)】
月刊誌「WiLL」2010年10月号の記事で、現職の厚生労働省の医系技官で医師の木村盛世氏が論文を投稿しています。彼女は筑波大学卒業後、米国ジョンズ・ホプキンズ大学公衆衛生大学院疫学部修士課程を修了し、現在は厚労省検疫官、専門は感染症疫学です。
内容の一部を紹介しますと、「発生のごく初期、バイオテロの可能性も鑑みて、殺処分を行うことは理にかなっていると思われる。しかし、ある程度の広がりを見せてからは、殺処分を行うことの方が損失を大きくする。まず経済的ダメージが大きく、畜産業だけでなく、観光や他の産業にも影響を及ぼす。貴重な種牛などを失うことは経済的損失だけでは論じられないダメージがある。ある程度感染が拡大してからの多量殺処分は無意味で不必要と思う。なぜなら、口蹄疫は自然界のごくありふれた病気で自然に回復する。感染経路も空気や水など多数あり、特効薬や完全な予防法もない以上、封じ込めは不可能であり、根絶することも不可能である。そうであれば、ウイルスとの共存をも含んだ判断が必要な時だと思う。まずやるべきは現状の対策(殺処分、移動禁止、清浄性)とともに、今回の対応がどうだったかという議論である。殺処分に関する議論もなしに、このまま殺し続けることはやめませんか。
また、一昨年の8月5日に農水省の検討委員会が開かれているが、本当に必要なのは、このような密室で行われる御用学者のなれあい会議ではない。様々な意見をマスメディアは積極的に取り上げるべきである。」と。
また、「今回の流行は宮崎県だけに限られたと断定しているが、実際のところ検査をしていないのだから、どこまで感染が広がっているか分かるはずもない。
また、3月31日の水牛が初発とされているが、それ以前にも口蹄疫らしき家畜が発生したという情報もある。世界初の科学テロ(オウム真理教のサリン事件)が行われたにも関わらず、感染症に関する危機意識がない我が国は、まさしく『テロ容認国』である。
何かが起こったときには、はたして、それが人為的なものか、自然発生的なものかを見極める必要がある。」とも述べております。
*【疫学最前線(侵入経路の特定・遺伝子塩基配列の比較)】
畜産システム研究所所長の三谷克之輔氏が自身のブログ「牛豚と鬼」の中で「口蹄疫対策の最前線」を述べています。その中の遺伝子検査について、掻い摘んでお話します。
きわめて、原始的なRNA・口蹄疫ウイルスの特徴として、次々に変異を繰り返し、農場間で二度と同じ型は無いとも言われ、その症状も少しずつ違うとも云われています。口蹄疫ウイルスは農場から農場に感染していく際に遺伝子の塩基配列が平均1ヶ所ほど変化しますので、この塩基配列を比較することで感染源と感染経路の特定が可能です。
イギリスでは2007年の発生の際、その方法で実際に感染源を突き止めています。パーブライトの動物衛生研究所の敷地内にある、ワクチン製造で有名なメリアル社の壊れた下水管から、ウイルスが大雨により流出して感染源となっていたそうです。
また、ブログの中で三谷氏は「今回、我が国では、ウイルス遺伝子検査を実施していません。なぜしないのか、真実が明らかにされると困る、国と県の隠蔽体質に問題がある。」と述べております。
【早期発見・早期診断法(LAMP法)】
宮崎大学の山崎 渉准教授が画期的な(一検体の反応開始から結果判定まで60分、費用は100円、従来のPCRでは140分、400円)口蹄疫の簡易検査法(ランプ法)を開発されました。日本での実用化試験は動物衛生研究所が認めてくれず、昨年9月から口蹄疫研究で有名なイギリスのパーブライト動物衛生研究所に留学されて、実用化試験に成功し、国際的にも認められました。
また、ハンドタイプ(携帯型)の赤外線サモグラフィーの使用で群の中から発熱家畜を素早く見つけ出すことが出来ます。30メートル離れたところからも測定できるとのことです。LAMP法と合わせて使えば、口蹄疫の早期発見、迅速な防疫措置に大いに期待できると思います。
早期発見・早期診断が被害を最も少なくする方法です。
【国への抗議文】
私は当初、押し寄せるマスコミの取材に対し、家保の責任追及に一切触れませんでした。それは過去の例をかえりみて、担当した若い家畜防疫員を窮地に追い込んではいけないと思ったからです。口蹄疫終息の暁には、すべてが明らかになるはずだと、国の疫学調査チームに全幅の信頼を置いていました。
ところが、その年の8月25日に発表された国の最初の中間報告の中で、水牛農場に対し、事実と異なる報告に私は愕然としました。
県の初動ミスを民間人である水牛農家に責任転嫁して、初発水牛農場での発見通報が遅れたために、これほど爆発的に感染拡大したと看做されていました。
また、昨年1月14日に宮崎県での「口蹄疫の早期発見の遅れによる感染拡大の責任について」という公開質問がありました。 その席で、当時の東国原知事は「3月31日の時点で、担当の民間獣医師も含めて口蹄疫を疑う症状ではなかったので、家保の職員が口蹄疫を疑わなかったのは過失でも怠慢でもない。」と回答しています。あたかも、民間獣医師に責任があるかのような、表現です。
さて、臨床獣医師が家保に病性鑑定を依頼するのは、これまで経験したことのない疾病だと直感したからです。自分では分からないので診断を委ねる訳です。それを診断するのが、家畜防疫員の役目なのです。
今回の口蹄疫調査報告では、現場で長年畜産に係わってきた我々の声で無く、組織防衛に終始する県の報告のみが取り上げられたのは何故でしょうか。発生当初より“初発水牛ありき”の冤罪のシナリオが作られ、12年前の口蹄疫と同様に、侵入経路がうやむやのまま、一件落着が謀られたように思います。
初発と断言するからには侵入経路が特定されねばなりません。国は口蹄疫侵入経路の徹底究明よりも、一日でも早い清浄国復帰が国益であると判断したのでしょう。
皆さん、国益とは何でしょうか? 果たして目先の損得で判断できるものでしょうか。私は嘘、偽りのない正しい情報の開示、それに基づく検証を行い、それをもとに皆が協力し、地域に即した防疫体制を構築することが、一番重要であり、真の国益であると考えます。
体制の隠蔽体質とは、近頃よく耳にする言葉ですが、まさにそのとおりで、 私は日本の行く末を憂い、一昨年9月8日、国に以下の抗議文を提出しました。
平成22年9月8日 農林水産省 口蹄疫疫学調査チーム 殿 池亀獣医科病院 池亀康雄
口蹄疫の疫学調査に係る中間整理について このほど口蹄疫疫学調査に係る中間整理の中で、事実と異なる内容で私及び水牛農場主の名誉を著しく傷つけ、誤解を与える個所が在ります。 つきましては、削除及び訂正をお願いしたく、ここに書面をもって申し入れ、なにぶんのご回答を賜りたくお願い申し上げる次第です。 記 指摘箇所① (1)初期の発生事例と侵入経路について 3月31日:家畜保健衛生所が立入。症状は発熱、乳量低下であり口蹄疫を疑う症状は認めず、畜主・獣医師からの報告もなかったことから、3頭の血液、鼻腔スワブ、糞便を採取し、ウイルス・細菌・寄生虫検査を実施。
【反論】この時点では、中毒もしくは何らかの感染症の疑いで、病性鑑定を依頼しており、そもそも我々も、家畜保健所の職員(家畜防疫員)も口蹄疫を疑っていなかったはずであり、一方的に報告がないからと言われても理不尽である。3月31日は家保職員3名と私、畜主及び従業員2名の7名で搾乳水牛全頭(20頭)及び種オス1頭を1頭ずつ追い込み柵に入れ念入りに全員で健康チェックした。3月30日以前の症状は漏らさず報告している。
指摘箇所② 4月14日:家畜保健衛生所が再度立入。3月31日に採血した3頭のうち1頭から再び採血。子牛にも流涎、発熱。回復した牛もいるが、乳質低下(脂肪分減少)、被毛粗剛も見られた。
【反論】脱毛は確認されたが、子牛の流涎、発熱は私、農場主及び従業員もその症状は確認していない。発熱に関しても家保の職員が体温を測定したかは不明である。
指摘箇所③ 4月21日:4月20日に発生が確認された1例目の農場との関連農場であることから、宮崎県庁疫学班が立入調査。全頭回復し症状が見られないが、3月31日の聴き取り内容と一部異なる内容(3月末には流涎、口内炎、足に異常(跛行を呈している)、乳房の皮膚がめくれている牛がいた)があり、過去に口蹄疫を疑う症状があった可能性が認められた。
【反論】3月31日以前に我々は、この様な症状は確認しておらず、また31日の健康チェックで初めて一頭の跛行を確認し、蹄及び口腔周辺の異常の有無を全員で確認したはずである。 流涎に関しては、3月26日から4月25日まで終始確認されていない。 口内炎と言う程の症状は無く、上唇に大豆大の潰瘍を4月1日に初めて確認した。その後他の牛で同様の潰瘍は無かった。乳房の皮膚のめくれに関しては、4月1日、一頭にマッチ棒頭大から胡麻粒大の白っぽい硬い丘疹が乳房に散在するのを初めて確認。 この様に3月31日時点では発熱、食欲不振及び泌乳低下のみで、口蹄疫を疑うような症状は出ていなかったので、報告の仕様がなかった。口腔内及び乳房の皮膚異常は全て4月1日以降に現れた症状で、4月21日に一例目の疫学調査に来た職員に、当農場の口蹄疫の検査を農場主が懇願した時に言ったものであり、3月31日時点で隠していたことでは無い。
指摘箇所④ 中間報告書 p16目 資料3 現地疫学調査チーム等による調査結果の概要 (1) 初期感染事例_ ② 6例目 ・今年に入ってからは、3月20日に死亡した水牛を処理業者まで自農場のトラックにて持ち込んでいた。
【反論】この報告では、あたかも病死した牛を処分したように受けとられる。処分したことは事実であるが、健康であったが長期不受胎で泌乳停止したため、経済的観点から安楽殺したものである。水牛は当県のと畜場ではと殺、食肉加工処理が認められておらず、止むを得ず安楽殺したものである。 以上 |
指摘箇所は4か所ほどありますが、2か所だけご説明しておきます。
指摘箇所②に 子牛にも流涎や発熱がみられた と報告されていますが実際、そこにいた私たちはだれひとりとして、子牛の涎(よだれ)も、また家保職員が子牛の検温をしたのも目撃していません。
次に、指摘箇所④をご覧ください。
「、3月20日に死亡した水牛を処理業者まで自分のトラックで、持ち込んでいた。」 と報告されております。
この報告では、あたかも病死した水牛をこっそり処分したように受けとられます。処分したことは事実ですが、水牛は宮崎県の と畜場条法では、と殺できないことになっており健康であったが、妊娠せず乳が上がってしまったので、止むを得ず安楽殺したものです。いわゆる経済廃用です。乳牛や肉牛なら肉としての利用が出来ます。水牛はそれが認められていないのです。
特に波線を引いた箇所は、水牛農家を陥れようとする悪意すら感じます。
私や水牛農場主のところに、疫学調査チームは数回、聞き取り調査に訪れています。それなのに私たちの報告は採用されず、県の報告のみを採用しておりました。
私の抗議文への回答が1年近くたってもなく、農水省に問い合わせたところ、昨年9月に以下の返事が届きました。
「平成22年11月24日付け『口蹄疫の、疫学調査に係る、中間取りまとめ』に、おいて、公表したとおり、貴殿の申し入れに、即した表現となって、いることについて、ご理解いただきますように、宜しくお願いいたします。」と、あります。 確かに、私の指摘箇所は、2回目の国の報告書では、訂正されています。しかし、国が水牛農場に対し、組織防衛に終始する県の報告のみを取り上げたことに対する謝罪の文言は一切ありません。あくまでも上から目線です。
【おわりに】
当初から“水牛より早く発症していたのではないか”とされる安愚楽牧場(破産手続き中)の真実味ある情報は数々ありましたが十分な検証もされずに、打ち消され、人々の立場や利害関係のしがらみにねじ伏せられた思いです。科学者の集団であるはずの疫学調査チームも、科学的根拠よりも体制のしがらみを優先したかのようです。
このような事態を防ぐためには、次からは国際機関の公正なる第三者の目による査察を日本は受けいれるべきであると考えます。体制の隠蔽体質を改め、これからやるべきは同じ失敗を繰り返さない体制をつくることです。
防疫で重要なのはマニュアルの押し付けではなく、農家、関係者、そして地域住民すべての理解と協力です。そのためには、嘘偽りのない正しい情報の開示、そしてそれに基づく徹底した検証が必要です。それにより得られた結果をもとに皆が協力し、地域に即した防疫体制を構築することが一番重要であると考えます。
【参考ウェブサイト(Hp)】
*口蹄疫・情報公開請求みやざき・市民オンブズマン(県の現地調査表・立ち入り検査時の症状写真等) http://www.miyazaki-ombuds2.org/kouteieki.php
*牛豚と鬼(宮崎口蹄疫対策民間ネット) 広島大学名誉教授 畜産システム研究所所長 三谷克之輔http://sato-usi.blog.ocn.ne.jp/blog/
【お勧めブログ】
http://twitter.com/missile883 夢竹ラーメン 竹島英俊
(元水牛農場主・現在国立市で将来の水牛農場再開に向けラーメン店開業)
http://tabelog.com/tokyo/A1325/A132503/13132022/ 夢竹ラーメン食べログ(店の紹介)
http://koji.air-nifty.com/cozyroom/ べぶろぐ 山崎牧場日記:宮崎県小林市野尻町 和牛肥育農場(酪農・畜産で人気ランキング上位のブログ)
最後に4月20日「口蹄疫を忘れない日」という日本獣医師会誌に今年の5月に投稿し、8月号に掲載された私の近況報告文を以下に付け加えさせて頂きました。
4月20日 「口蹄疫を忘れない日」
池亀康雄 (池亀獣医科病院院長)
一昨年の本誌第63巻第10号で「宮崎県口蹄疫発生第6例目(水牛農場)に遭遇した臨床獣医師からの報告」をさせていただいた。今回は2年を経過した近況を報告したい。
口蹄疫終息直後は、県の報告で8割以上の被害農家が経営を再開すると答えていた。現在、経営を再開した戸数が、60パーセント、また家畜の導入頭数は以前の59パーセントにとどまっている。再開しない理由は、農家の高齢化、耕種転換、飼料穀物の高騰、牛枝肉価格の下落、いまだ感染経路の究明もできず、東アジアで相次ぐ口蹄疫の発生などの不安要因が挙げられる。加えてTPP参加問題もあり厳しい状況だが、何よりも時間が経つにつれ、やる気力がなくなったことである。昨年の「被害農家の心と体への影響調査」では約2割で鬱や不安障害、アルコール依存など健康への影響が報告されている。
一方、再開農家で後継者がいるところは一気に世代交代し、生産性の向上を柱に、全国のモデルとなる安心・安全な宮崎の畜産を目指している。
行政は、畜産の再開に向けて、農家への防疫指導や観察牛(おとり牛)の検診など早くから民間獣医師の活用を謳っていたが、ここでいう民間獣医師とはNOSAI獣医師のことで、我々産業動物開業獣医師には、声がかからなかった。いざ農家に家畜が導入された時、防疫上、不必要に農家に立ち寄れず、日常の診療業務で置き去りにされた感じがする。いずれにせよ我々産業動物専門獣医師は、単純に計算しても、以前の4割はいらないことになる。TPP参加後の日本の畜産の姿を先取りしている印象がある。
さて、現在の診療内容は初産牛がほとんどのため、過大胎子の難産事故が目立つ。今のところ、オールアウト後の消毒の徹底もあり、飼養環境にゆとりがあるせいか、他の病気の発生は少ない。
近頃では、畜産農家でも口蹄疫の話題は出なくなった。決して忘れたのではない。悲惨な体験をした当事者にとって、前進するには、心の傷に触れたくないというのが本音である。
そのような時、宮崎県の地元紙(宮崎日日新聞)に「4月20日『口蹄疫を忘れない日』に」と題する記事があった。抜粋すると、「平成22年、本県を震撼させた口蹄疫の発生から間もなく2年を迎えようとしている。あれほどの惨劇を経験しながら、県内を見渡すと、残念ながら危機意識の劣化を感じさせる光景に出くわす。そこで、宮崎日日新聞社は記憶の風化に歯止めをかけるため、先の口蹄疫で初の感染疑いが確認された4月20日を『口蹄疫を忘れない日』にすることを提唱する。『忘れない』ための方策として、今年は口蹄疫に関する本を題材とした読書感想文コンクールを実施。4月20日の紙面で入賞作品を紹介する。」とある。
私は一人でも多くの方々に問題意識をもっていただきたいという思いから、かねてからの所感の一端を綴り応募した。
国の疫学調査チームは、初発水牛農場と断定しているが、感染経路不明のまま調査を終了した。しかし、私にはこの結末を容認すると、後世で、また惨事が繰り返されるという、強い危惧の念がある。
正しい情報の開示なしに県民、県と国の一体化はあり得ず、口蹄疫侵入経路の徹底究明が頓挫した最大の理由でもあろう。
地元紙に掲載された私の感想文を読んだ、川南町JA内にある、クリーニング店のおばさんが「水牛が口蹄疫を日本へ持ち込んだと、今まで思っていました。みんながそういっていたし、その後の報道も規制されていたみたいだし、水牛ではなかったのですねぇ。」と話しかけてきた。
全国の会員の中には、まだ水牛が口蹄疫の感染源と考えている方もいると思われる。皆様の支援に応えるためにも、今後とも、口蹄疫侵入経路の究明に取り組んでいくつもりである。
なお、正しい情報の開示を求める機運が高まることを切望して、以下に4月20日 宮崎日日新聞に載った拙文を紹介させていただく。
南 邦和・小詩集 記録詩(長詩)「口蹄疫」を読んで
宮崎日日新聞文化欄の「口蹄疫経過 長詩に記録」という見出しにひかれ早速取り寄せた。詩の形式だから文にリズムがあって引き込まれる。口蹄疫の発生から終息までの間に起きた事象や新聞に投書された人々の思い、また用語の解説なども盛り込まれて〈あの時〉が臨場感を伴って鮮やかに蘇る。自分の生活の場が、町が、県が、国が口蹄疫の大きな渦に呑み込まれ混乱した。当時の悲惨な状況がひしひしと迫ってくる。経時的に淡々と語られる叙事詩ならではの説得力がある。
詩の冒頭で「都農町で一頭の水牛に症状がでた/ふるさとに水牛がいたことを知ったのは/この時からだが・・・東南アジアから持ち込まれた水牛たちが/この口蹄疫の源泉になろうとは・・・」と詠んでいる。私は水牛を診療していた獣医師として、この一節にはひどく打ちのめされた。日本では水牛に対する誤解と偏見がある。“水牛”というとアジア/アフリカの発展途上国のイメージが優先しているがイタリアでは水牛酪農は確たる地位を築いている。20世紀後半にはアメリカ合衆国、ブラジル、オーストラリアなどの畜産先進国でも水牛の乳肉生産が行われるようになった。
また、「一日遅れれば 一億円の被害・・・」とも詠まれている通り、国は口蹄疫侵入経路の徹底究明よりも、一刻でも早い清浄国復帰が国益であり国是であると判断した。これらの要因が重なって“初発水牛ありき”のシナリオがつくられ、メディアに発信された。その情報を鵜呑みにして疑わない世間一般。非常事態の中でこそ、氾濫する情報の真偽を冷静に見極めたい。
日本人は総じて水牛に関し無知であった。都農町に導入された水牛は口蹄疫清浄国であるオーストラリアから直輸入したものだ。検疫時の抗体検査も陰性と報告されている。断じて“源泉”ではない。真実が伝わらず、バッシングの嵐に気丈に耐えていた若い水牛農場主を思うと、胸が締め付けられる。この詩中の言葉を借りて言うならば“水牛は死んでも死にきれない”
さて、国益とは何であろうか。私は嘘、偽りのない正しい情報の開示と徹底した検証が大前提であり、それを基に皆が協力し、地域に即した防疫体制を構築することが一番重要であり、真の国益であると考える。
詩はさらに「『口蹄疫』は まさしく〈戦争〉なのだ/細菌と人間の 人間と人間の 地域と地域の/今こそ 政治の力と良識が発揮されるとき」と語りかける。後世に禍根を残さないためにも私たち一人一人が良識を発揮して、真の“源泉”を究明する時ではないだろうか。あの4ヶ月の間に、私たちは実にさまざまな体験をした。この詩を読んで改めて思った。
口蹄疫ウイルスの猛威、東日本大震災、巨大津波、放射能汚染など次々と起こる災害に私たち人間は、今こそ生き方を問われている。 宮崎日日新聞 提